「主婦SOHO 転機」

 6月1日の日経・夕刊に「主婦SOHO 転機」という記事が載っていた。私の友人知人が何名も取材されていて面白いのだけど、どうもマスコミというのはねー。きれいに整理された「ストーリー」を作りすぎる。

 個人情報保護法がらみで、個人の在宅ワーカーが受注しにくくなった種類の仕事があることは事実。
 「社内で処理する」という契約で受注した会社が、作業者のマネジメントがおっくうなので下請けに出す。入力系ジャンルに限っていえば、今までは、そんないい加減がまかり通ってきた。それが適正化されるのはむしろいいことだ。

 しかし、単価下落が過当競争のせいというのは、微妙に違う
 過去の在宅ワークブーム・SOHOブームのピーク時に比べれば、現在やっている人・やりたい人はたぶん、むしろ減っている。この世界には正確な統計がないため証明はできないが。(入力系の在宅ワーカーに関して言えば、職業欄に「主婦」を選ぶ人も多いので、一般的な統計には実態が反映されない)
 単価下落の要因は参入者の数以外にたくさんあり、それぞれが複雑に絡まり合っている。だから在宅ワーク・SOHOの箱の中でなく、日本社会・日本経済の大きな流れの中で考えないとわからない。

 単価下落の原因はややこしい、そして主婦SOHOが転機に直面している原因はもっとややこしい。単価下落と個人情報関係以外に大きな理由があると、私は考えている。

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誰にでもできる仕事は安い

 入力の単価下落が過当競争のせいとは、私には思えない。そういう側面があるにしても原因の一部にすぎないと思う。
 誰にでもできる仕事は、安いのだ。

 例えばクリーニング屋は、今でもランクの高い仕事とは思われていない。けれども、それでも今はドライクリーニングというものがあって、水洗いではなかなか落とせないファンデーションなどの汚れを簡単に落とせる。そういう意味では、一般家庭の洗濯と同じと思われてはいないはずだ。
 昔の「洗濯屋」はドライ機もなくスチームアイロンもなく、つまり当時の一般家庭の洗濯と同じことをしていた。ただ請け負って、一日中肉体を酷使して、数をこなす仕事であり、そこで働く人たちは今のクリーニング屋よりもっと貧乏していたらしい。

 入力は、流れとしてはその逆だ。
 以前勤めていた職場では、私以外にワープロを使える人間がいなかった。1枚の書類作成に半日かかっても、上司から感謝され、同僚からは感心されていた。この頃、専門の入力者は悪くない報酬を受け取っていたらしい。
 けれど今ではたいていの職場に1人1台パソコンがあって、簡単な入力や文書作成はたいていの社会人はやってしまう。職場の何人かは、もっとハイレベルな入力や文書作成やデータ加工もできてしまう。
 
 だから今では、入力は特殊技能として扱われないのだ。「誰にでもできる仕事」でしかない。単価が下がるのは、一般社会の評価が年を追うごとに低くなっていくからだただ請け負って、一日中肉体を酷使して、数をこなす仕事

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入力のテレビCMを打つ

 入力者として入力するときの入力(ややこしい表現だ…)は、決して「誰にでもできる仕事」ではない。
 低単価や短納期に耐える能力は、この際カウントしない。入力自体のスキルだってかなりの高さが必要なのだ。今どきは、どの職場だって1人1台パソコンを支給されているだろうが、そんな「普通の会社員」の入力とはレベルが違うのだっ!
 (「私の入力スキルはさほどハイレベルじゃないかも」と声あり)えっ、それはいけませんね。それじゃあ単価が上がるわけないじゃないですか。

 入力者がいかに高度な仕事をしているかを世の中にアピールする必要があるのだが、この広報活動を誰もやっていない
 ここで言う広報活動というのは、入力者がお仕事ブログを書くなどではない。入力者のブログを熱心に読むのは入力者で、世間一般へのアピールにはなりにくいからだ。もちろん、マスコミが注目するぐらいの人気ブログになれば別だけど。

 化粧品や薬のテレビCMに、製造などの様子を映すものがある。清潔な仕事場で、目を輝かせた社員が、緻密な作業をてきぱきとこなす。明るい音楽とカッコいいナレーション。つい覚えてしまうロゴ、ブランド名。
 ああいうものがイメージアップに大事なのだ。化粧品や薬のくわしい製造工程なんかわからないのに、なんとなく素晴らしいと感じてしまうし、信頼できるような気分になる。入力業界も、誰かがあれをやればいい。
 …ところが、入力業界にはテレビCMを打てるような大企業がない。いや、情報処理という観点で言えば富士通も日本IBMもあるが、そういう会社はこまごました入力作業の工程にタッチしない。

 では業界団体はどうか。
 各国の観光局は、外国のマスメディアを自国の観光地に招待して、記事を書いてもらうよう働きかけている。そこまで大がかりでなくても、各業界団体は、ことあるごとにプレスリリースを出したり記者会見を開いたりして、メディアに働きかけている。
 入力に、そういう「業界団体」は存在するのか?

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ついでに入力をする企業が単価を下げる

 前回、テレビCMを打って入力業のイメージアップを図ればいいじゃないかと書いたけど、テレビCMに向くのは消費者向けのモノやサービスだ。入力のほとんどは対・消費者ではなくて対・企業(役所や研究機関を含む)だから、テレビCMには向かないかもしれない。

 B to Bの場合も、技術力のアピールに使える宣伝媒体はいろいろあるのだが、宣伝活動をやれる企業がこの業界にはほとんどない。業界団体もない。
 しかも、入力を請け負う会社が「単価アップを目指さない」場合がかなりある。

 例えば、印刷会社が「入力して印刷」という仕事を請け負うとき、本業の印刷で利幅を取るべく、入力の単価をめいっぱい下げて顧客にアピールする、という戦術をとることがある。
 ホームページ制作会社も、同様だ。例えば「不動産情報サイト」「旅行情報サイト」のようなものは、大量のデータ入力が最初に、また運用の途中でもずっと必要になる。
 だけど顧客とホームページ制作会社は、ホームページのデザインが人目を引くとか検索しやすいことなどを重視し、データ入力部分は「できるだけ安く上げよう」と一致してしまう。
 システム開発、ソフトウェア開発などの会社も、入力がついてくる仕事で同様の態度を取ることがある。

 こういう「入力はついでの業務」という会社は、本業を担当する人の待遇に気を配り、入力者の待遇など気にしない
 本業重視の立場から言えば、入力なんて「余分なコスト」であり、彼らはなんとかもっと単価を下げようと努力している。それが彼らの「企業努力」なのであって、むしろ立派なことをしているわけだ。
 「入力をしたい人が多いから単価が下がる」というより、構造的な問題なのだ

 「入力はついでの業務」というパターン以外にも、入力を請け負う会社の都合で下がる理由がある。

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下請け孫請けひ孫請けひひ孫請け

 入力系在宅ワークの代表的仕事の一つ「データ入力」は、大もとの発注者から末端の作業者までの階層がとても多い場合がある。
 これもまた、低単価の原因になっている。

 例えば、大手シンクタンクが××意識調査の実施と分析を請け負ったとする。シンクタンクの腕の見せ所は、「母集団の選定」とか「質問項目の設計」「データの集計と分析」などだ。
 アンケート回答の入力は単純作業(実は特殊なスキルや知識が要るにしても)なので、彼ら花形調査員の仕事ではない。当然、外注される。

エンドユーザー→大手シンクタンク→大手情報処理会社

 入力を請け負った側も考え込む。例えば20万件のアンケートだったりすると、社内に入力センターを作ってオペレータを確保して入力させる…なんてことは、大手といえどもかなり大変なのだ。
 しかも20万件などという件数の入力がいつもあるとは限らない。次の仕事では2,000件や200件だったりするから、入力センターの設備やオペレータの人件費がもったいない。
 だから、現実的にはさらに下請けに出す。この納期で何件できますか?と聞いて、複数の企業に分割して出す(契約で「全数を社内処理」とか「分割再発注は禁止」とかになっていても、実は黙認されていたりする)。

エンドユーザー→大手シンクタンク→大手情報処理会社→(複数の)中堅情報処理会社

 入力は儲からない。
 人間が1字ずつ入力するのだから、そう大量に処理できるものではないからだ。だから請け負った企業も実は自社で処理する気はなかったりして、さらに下請けに出す。この間に各段階でマージンが引かれ、日数もかかる。だから、下へ行くほど納期が短くなり、単価は急激に下がっていく。
 こうなると到底社内スタッフが作業できる単価ではなくなり、在宅ワーカーに出すしかない。

エンドユーザー→大手シンクタンク→大手情報処理会社→(複数の)中堅情報処理会社→(小規模な)入力会社→在宅入力者

この程度では済まない。問題を難しくする階層が、もう一つ増えることが多い。
(つづく)

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