仕事能力の外側の能力

 在宅ワーカーが仕事をしていくには、誰かに仕事を出してもらわなければならない。
 仕事を出してもらう方法には2通りある。

1)仕事情報を見つけて応募する。そして選ばれる。
2)人脈をつくる・営業Webサイトを持つ、などの手段で、自分から発注者を見つける。

 1は、募集情報を見つける能力がまず必要。そして、応募したとき落とされてはダメで、選ばれなければならない。
 2は、いわば「私に仕事を出してくれる人募集!」と、こちらが募集をかけるようなものだ。自分の存在を知らせ、仕事を出したい気分にさせなければならない。
 1も2も、「狭い意味での仕事能力」の外側だ。受注した仕事をこなすのに必要な能力(狭い意味での仕事能力)は、例えば入力スピードや正確さ、パソコン操作の知識、仕様書の理解など。だけど、どんなに仕事能力が高くても、誰も仕事をくれなければ発揮しようがない。

 必要なのは結局「営業力」なのだ。仕事力の外側には営業力があって、ここが弱いと(繰り返しになるが)せっかくの仕事力を生かせない。
 だが、主婦在宅ワーカーはたいてい「営業」という言葉を嫌う。営業=しつこい売り込み、接待、ノルマ至上主義…というイメージなのだ。

 だけど私たちは、営業自体が仕事ではない。仕事をするために、仕事を確保するプロセスが必要なだけだ。
 営業という言葉が嫌いなら、それを「仕事能力の外側の能力」と名付けてもいい。とにかく、それもまた磨く必要がある、ということは理解しなければならない。

(2003年06月27日)

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アンモナイトの付加価値

 アンモナイトはありふれた化石であるらしい。
 客間の飾りになりそうな、大きくて立派なものは何万円もするが、小さいのは数百円で売っている。そして、数百円でも売れないような、いわば「くず化石」とも言うべきアンモナイトもある。

 上野の国立科学博物館では、「発掘セット」なるものを売っている。セメントに「くずアンモナイト」を2つ、半ば埋めて固めたものだ。セメントは、小さい手帳ぐらいのサイズ。キット付属のノミで発掘する。

 残念ながら、小学3年の子の腕力と技術でも、たちまち発掘できてしまった。発掘してしまえばセメントの固まりはゴミだし、小さなアンモナイトはもともと欠けていたりして、あんまり美しくない。
 長女はこれが欲しいために科学博物館へ行ったようなものなのだが。

 だけど、一手間かけて800円も出す気にさせる工夫は素晴らしい。付加価値をつけるとはこのことだ。売れそうにないものでも売れるし、いっときでもお客を楽しませることができる。
 自分の仕事では何が付加価値になりうるのか、最近なんとなく考えてしまう。大きなアンモナイトを狙う一方で、小さなアンモナイトも活用しないとなあ…。

(2003年07月08日)

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大企業よりフリーランス

 フリーで仕事をするメリットは、仕事内容や仕事相手を選べることだ。
 新卒の就職活動というのはずいぶん大ざっぱなものだと思う。そもそも就職といっても、入ってからどの部署でどんな仕事をすることになるかは、希望ぐらいは出すのかもしれないが、本人には選べないことが多い。よく言われるように、これは「就職」ではなく「就社」だ。

 若い頃の私は、今よりずっと人間の幅が狭かったから、とうてい大企業ではやっていけないと知っていた。仮に就職試験や面接を勝ち抜いたとしても、その先、営業・経理・一般事務その他どの部署へ行かされるかわからないのでは…。
 だから給料や福利厚生は二の次にして、できるだけ小さいところを選んでいた。過去に勤めたところでいまだに「うちの会社」という意識を持っているのは、手描友禅の工房と入力会社。どちらも家族経営で、社長以下6名程度という組織だ。工房と入力会社の間に勤めた製薬会社は、わずか130名の小企業だというのに私には大きすぎてなじめなかった。私のような性格には、独立自営が合っているのだと思う。

 大企業に勤める人は大変だと思うもう一つの理由は、上司、部下、同僚を選べないことだ。
 今の私の立場なら、ザイニュー作業部会が必要となれば、70名以上の応募者の中から自由に11名を選べる。大企業では、あるプロジェクトに11名必要というとき、「はい、この11名」とあてがわれるのかもしれない。さぼる人、他人を批判する人、独走する人がメンバーにいると、マネジメントに時間をとられてプロジェクトの進行に専念できなくなりそうだ。

 私たちの世界では、固定的な上司・部下・同僚がいない。あるのは非常に流動的な人間関係だ。
 自由な者同士が、必要に応じて仕事を依頼し合ったりチームを組んだりする。ただし、お互いに組織として束縛はしない。
 非組織的な仕事の進め方について、本を書いてみたいなと思う。

(2003年07月14日)

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10年後の仕事はわからない

 キャリアプランを考えましょうという。10年後にどうなっていたいか、どんな仕事をしていたいかを考えましょうという。
 これはわからない。なぜなら、10年後にどんな仕事があるか見当がつかないからだ。

 ウィンドウズ95が発売されたのは、1995年11月のことだ。まだ10年経っていない。以来、パソコン入力も特殊技術とは言えなくなり、入力の単価は下がる一方だ。
 当時はまだ、「パソコン通信」が主流だった。インターネットが本格的に普及しだしたのは1998年ぐらいからだったと思う。そこから、ウィンドウズ95が出たとき以上に仕事の方法が変わってきた。まだわずか5年だ。
 5年前はケータイだって大して普及していなかった。

 仕事の手段が変われば、仕事の方法や内容も変わっていく。
 みんなが簡単にインターネットにアクセスし、インターネット上で回答する(ケータイ含む)時代になれば、「メーリング(封入や発送)」や「アンケートデータ入力」という仕事自体が消滅するかもしれない。
 それはもしかして10年後かもしれない。(実際には、あと30年ぐらいはそんな時代は来ないと思う。これまでキーボードにさわってこなかった中高年層が、これからアンケートの自由回答欄を入力する力をつけられるとは思えないから)

 私は、自分のキャリアプランを今年と来年前半ぐらいしか考えない。そのあとの計画は「時代の流れに合わせて、そのときできそうな仕事をする」程度のばくぜんとしたものだ。

(2003年07月27日)

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