「修行」のテープ起こし
今夜、テープ起こしの仕事が2本入る予定。1本はもう予約してあるけど、もう1本は誰に頼もうか。自分で起こすつもりだったけど、今週は妙に忙しくて。
録音も悪くて内容も難しい、肩こりがひどくなる仕事だ。不明だらけで全然かまわないからとこちらが言っても、誰の納品メールにもお詫びの言葉が書かれてくる。
テープ起こしをする者にとって言葉が聞き取れないほど、悔しく情けないことはない。
あらかじめ状況を説明して、これは不明だらけが普通だからと頼んでいるんだけど、実際に不明だらけになると、本人は傷つく。それがわかるから、こちらも頼みにくい。
実は私自身も、クライアントに毎度お詫びの言葉を書いて納品していたのだ。
でも、それだとクライアントも頼みにくくなる。録音は悪い、内容はやたら難しい、だから不明だらけでOKと、クライアントも私に予告したのだから。
この仕事って一種の修行(←技術を身につける「修業」でなく、悟りを目指して励むような「修行」)だなと、最近は思う。
自分がどう起こして満足したいかじゃなくて、クライアントが望むものを提供するという切り替え。
音が悪いのは、審議会の傍聴席から録音しているから。もちろん隠し録りではなく、録音許可を取っているという。だいぶ後になれば正式な会議録が発表されるんだけど、地方の本社に中央の審議会の様子を早く報告するのが、東京事務所の使命だ。
きっと、傍聴に行く各社は、どこもこうやって努力してるのだろうと思う。正式な会議録はライン録音された音声から作られるのだろうけど、発表を待てない各社が、同じ音声(のもっと悪い版)を、あちこちで苦労してテープ起こししている。
だから、起こす者としては、不明だらけでもクライアントに貢献しているという自信を持って、にっこり作業して…。そこまで悟りきれないんだけどねー、ホント。今夜入る仕事、どうしよう。
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