後日談1
2月2日に「連載のあとに…2」を書き、4日に義父が亡くなった。
それまでも何回か、義父母宅や病院にノートPCを試験的に持っていってみて、何が足りないと仕事ができないかを確かめた。4日はいよいよ本格的に義父母宅で仕事を開始するべく、万全の用意をととのえて出動した。
義父はもう声が出せなかったが、うなずくとか首を横に振るとかできちんと意思表示してくれた。のどにパイプ(←何と言うんだろう?)が入っている状態独特の呼吸音を聞きながら、午前中は順調に仕事が進んだ。
午後、呼吸音が午前中と違うことに気づいた。呼吸の間隔が空いている。大声で呼びかけても反応しない。「交代しますから来てください」と義母に電話して、店へ走る。救急車を呼んだほうがいいかもと伝えて、店番を代わる。近所へ出かけていた夫に電話。まもなくサイレンが聞こえた…。
ぎりぎりまで自力で頑張り、トイレに行くとかコップを持って飲むとかができなくなったらすぐに、あっさりと。なんとも義父らしい。
74歳では長生きとは言えないが、ごく自然に呼吸の間隔が空いていって、安らかな最期。だから、明るい葬儀だった。
クリーニング店は連休しにくい。お客様側に、ワイシャツの枚数とクリーニングに出す期間のローテーションがあるからだ。
死去当日は救急車を呼んでからシャッターを閉めたが、翌日は営業しながら葬儀の打ち合わせその他。お通夜と告別式の日は休業、きのうはまた営業しながら市役所の手続きや挨拶回り。
おかげであわただしいし、疲労倍増。私の仕事はほぼストップ。それでも、向こうへ泊まり込んだ夫と違って私は毎日自宅へ戻れたので、就業体験セミナーの掲示板にちょっと質疑応答を書き込むのが、気晴らしになった。
葬儀のあとというのは、まだまだやることがたくさんあるけど、とりあえず店も私も平常営業に戻った。13日は近江八幡の就業体験・評価会だし、その準備をしなければ。連休明けに納品する仕事もいくつかあるし。
次回は、私の仕事を具体的にどうしたか、後日談2として書きます。
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