2007年6月 文月さん

文月さん1

(2007年6月の連載を再構成したものです)

異質な仕事を掛け持ちしている人

Web版『月刊在宅入力者』6月号は、文月さんにお話を伺った。
実は、この録音は数カ月前のもの。Web版ザイニューをやりたいなと思いつつなんとなくふんぎりがつかなかったころ、文月さんがうちに遊びにきてくださったので、会話を録音した。何に使うとも使わないとも決まっていないのに、録音させてくれた文月さんにひたすら感謝。

文月さんには、よくテープ起こしをお願いしている。
テープ起こしは、内容的に正確な聞き取りは当然必要だが、それ以外に句読点(特にテン)の打ち方とか段落替えの位置など明確な正解のない要素がある。文月さんは聞き取りの確実さはもちろん、そのへんのフィーリングが近いのでお願いしやすい。
おまけに仕事が速い。お子さんもいて、ホームヘルパーの仕事もされているから、時間があり余っているわけではないはずなのに。

入力系とライター系という「近い仕事」を掛け持ちしている私には、ホームヘルパーとテープ起こしという「異質な仕事」の両立に興味しんしん。外へ出ることと在宅で仕事すること、それぞれのメリット・デメリットも話題になる。
文月さんはテープ起こしの会社に登録して仕事をされる一方、私やいろいろな人のヘルプ(同業者からテープ起こしの下請けをすることを、慣例的に「ヘルプ」と呼ぶ)もされている。そこで、ヘルプ・登録・直請けをめぐる問題もいろいろ出てくる。
もちろん、テープ起こしそのものに関しても盛り上がり、対談の最後には「テープ起こしに向く人」の定義が(2人の間で)まとまっていく…。

対談者の自己紹介
文月(ハンドルネーム)
東京都在住。

1965年、神奈川県川崎市生まれ。短大卒業後、某外資系コンピュータ会社に就職。
出産と共に退職し、しばらく子育てに専念していました。
それはそれで楽しい毎日だったのですが、社会とのつながりを絶たれてしまった毎日に焦りを感じ、在宅で何かできないかと模索していたところ、テープ起こしという仕事にたどり着きました。それからはパソコンとにらめっこの毎日。
数年後…
子供も大きくなったし、家にじっとしていられなくなり、ホームヘルパー2級の資格を取得。高齢者介護の仕事に足を踏み入れることになりました。
現在、プロ野球選手になりたい長男(中2)と、Jリーガーになりたい次男(小5)、おまけに主人の食の管理に毎日頭を悩ませつつ、あるときはホームヘルパー、またあるときはテープ起こし職人として、日々精進しております。

最初は遅かった

廿:文月さんってテープ起こし速いですよねー。どうやって速くなりました? もともと速かったですか?

文月●OL時代は一日中ワープロを打ってるような状態だったんです。ブラインドタッチはそこで身につけたかな。でもやっぱり、テープ起こしを始めた最初のころは遅かったですよ。1日でどのぐらい起こせたのかな…すごく遅かった。

廿:表記の辞書を見ながらやるわけでしょう。始めたばかりのころって、あれを引くのに時間がかかりますよね。

テープ起こしは、1つの仕事を複数の人間が分担して作業することも多いので、漢字やカタカナの使い方などを統一する基準が必要になる。その基準になる本を、ここでは表記の辞書と言っている。速記協会「標準用字用例辞典」ほかいくつか存在する。

文月●かかりましたね。でも私は、最初は辞書を引かないでとにかく起こすの。見直しの時点で直していくんですよ。そういうふうにしたら速かったかな。最近は、横に小さいウィンドウが出てくるソフトがあって。

廿:「かんぴょう」?

文月●それも使ったことあるけど、私の登録会社で指定されてるのは「現代国語表記辞典」っていう辞書なの。その表記に対応している「ザ・完字変換」っていうソフトがあって、入力はATOKだけど、ウィンドウが開いてその辞典の表記で出てくるの。でも今、あるでしょう、ほら…。

廿:ああ、ATOK用の「記者ハンドブック」辞書。使ってないけど。

文月●私も使ってない。早く入れなきゃと思ってるんだけど。

廿:テープ起こしを始めると表記は確認しなきゃいけない、ネットで検索しなきゃいけない、音は聞き取らなきゃいけない。そういうことに力を入れるには、それ以前の問題として入力がそこそこできないと無理ですよね、これから始める人へのアドバイスとしては。

文月●それが前提ですよね。こんな言い方はどうかと思うけど、聞きながら入力するなんて、入力初心者にはずっと先の話じゃないかなと思う。

廿:英語は出てくるし、専門用語は出てくるし、録音状態は悪いし。まず普通に入力ができなきゃ。

文月●うん。でも、できるようになりますけどね。それなりに努力する覚悟があれば(笑)。

廿:練習すればね。

そう、それなりに努力する覚悟があれば。

「時は流れた」…ほんの数年のことなのに

廿:以前、SOHOWORKネットのオンライン講座で谷頭千澄さんがテープ起こしコースを教えてたときね、谷頭さんはテープ起こしのことを教えるわけだけど、そもそも入力ができない人は、まだそういう理解や練習の段階まで行けない。
それに気づいて私が担当してた文字入力コースに入り直した人、何人もいましたね。「ちゃんと入力ができるようになってから、テープ起こしを勉強しなきゃだめだとわかりました」って。

文月●私、SOHOWORKネットの交流会で谷頭さんにお会いしました。ずいぶん前。

廿:あれから何年もたちましたよねえ。あのころから頑張ってきた人たちは、もうそろそろ子供が大きくなって外に仕事に出られる年齢になってたり、今この業界、ちょっと人手不足になってるらしいですよ。

文月●今、ヘルプの募集ってかなり出てますものね。

廿:うん、しかも「まだ募集中です、半分でもいいからやってくださる方」って出し直してたり。

文月●廿さんって何年生まれ?

廿:昭和39年。

文月●やっぱり? 私、40年。

廿:谷頭さんも40年で、早生まれだから私と学年は同じ。

入ってくる新人が減っている理由は、かつて花盛りだった「テープ起こしの通信教育講座」がほとんど消えたせいだ。通信教育が雑誌や新聞に大々的に広告を出していたころは、興味を持つ人が多くて、一種のブームになっていた。
その中で一番派手にやっていた会社(というのかその関連会社というのか)が、いわゆる内職商法として行政処分を受け、裁判沙汰にもなった。それ以来、この仕事の志望者はがたっと減った。

文月●谷頭さんにもご無沙汰して…っていうか、私が勝手に師匠と思い込んでるだけなんだけど。谷頭さんのほうは、私のことなんか覚えてないと思う。

廿:まあ、谷頭さんの講座は、SOHOWORKネットの講座の中でも一番受講者が多かったですからね。

文月●講座は今もやってるんですか?

廿:ううん、もう終わってます。SOHOWORKネットの主宰者もほかの方に替わられて、そちらでまた新しくオンライン講座をやってらっしゃるようです。

でも、谷頭さんは文月さん(というか本名のほう)を覚えているかも。SOHOWORKネットのメーリングリストには、「テープライターズメイト」という一種の分館があって、文月さんは(私も)そこの最初期からのメンバーだから。オンライン講座開始以前のことだ。
今調べたら、テープライターズメイトは、ヤフーのMLを使い始めたのが2002年5月。でもそれ以前にほかのシステムを使っていた時期があったから、活動開始はもっと古くて…いつだっけ? 今度調べよう。

興味の持てない仕事にどう取り組むか

廿:会社からの仕事は議会が多いんですか?

文月●私は議会はないです。講演とか会議とか。あと、大学の講義とか研究関係とかは結構ある。

廿:そういう知的な内容、好きですか?

文月●嫌いじゃない。検索が好きかも。ヒットしたときの快感。

廿:ときどきお願いしてる「月刊△△」の仕事って、内容理解できないですよねー。

文月●最初わけわかんなくてね。この人たち何の話してるんだろうって。興味がない話や聞いたこともない単語って、起こすけど頭を素通りしますよね。興味のある話だと「面白い、これは得したぞ」って思うんだけど。

廿:うん。△△の姉妹誌「月刊○○」なんか、私もう何年やってるかわかんないのに、いまだにさっぱりわからないですもん。始めたときは、「この分野でわかりやすい入門書があったら紹介してください」ってクライアントにお願いして、相手の勧めてくれた本を買って読んだんですよ。にもかかわらず、いまだに理解できてない。
話の内容に興味が持てない仕事にモチベーションを維持する方法って、なんかあります?

文月●それはとにかくスピードでしょう、スピード(笑)。「これだけ速く終わったわ!」っていうのを快感にする。

廿:ああ、なるほど。スピードの快感って、たしかにありますよね。「ささっと片付ける、この速さ! すごい!」

文月●「私ってさすが!」みたいな。…でも、中身メチャクチャだったりするかも。

廿:文月さんのは中身メチャクチャじゃないですよ。

文月●本当ですか?

廿:録音状態の悪い仕事って、違う耳で聞いたら聞き取れるときってあるでしょう。そういう意味で見つけることはあるけれども、そのぐらい。

文月●合格? よかった!

廿:文月さんの起こしでは、「全然違うでしょうが!」って言葉が入ってるのは見たことない。

「全然違う起こし」の例として、「未必の故意(みひつのこい)」という法律用語を知らず、「密室の恋」と起こしたという笑い話が有名。前後関係から明らかに「密室の恋」ではないときは、たとえそう聞こえても不明で処理するか、ミッシツノコイと聞こえた通りにカナ書きする控え目さのほうがいいと思う。

目がくっついたらおしまい

廿:でもこんな言い方をしたら失礼だけど、40になってよくそれだけ打てますよね。肩こりとかは…。

文月●しますよー!

廿:します? 私、がぜん集中力がなくなって、すぐ疲れるんだけど。

文月●うん、あと、寝不足が耐えられなくなった。

廿:私も夜中にやっちゃうと、次の日できなくなった。ライターでも、この年齢を境にして、もっと続けていこうと思う人は編集プロダクションを持って、若い人を使うようになるのがよくあるルートらしいんです。ライターはテープ起こし以上に過酷な仕事が多いから。

文月●起こしてる間はいいんだけど、終わったあと「終わった…もう何もしたくない…」、その回復するまでの時間がかかるようになったかなって気はします。でも私、早起きは結構大丈夫なんです。早く寝て、5時ごろ起きてやることはありますよ。

廿:偉ーい! 朝は電話も来ないし、すごく集中してできそうですよね。

文月●この仕事の便利なところは、朝5時に起きてパジャマのまま仕事ができる(笑)。

廿:谷頭さんも昔、ジャージ(だったかな?)で暮らす生活から抜け出したくないって言ってた。

文月●家で仕事するのって、無駄な時間なく過ごせますよね。

廿:そういう意味ではそうですよね。お風呂に入ってから続きをすることもできるしね。

文月●夜、眠くなるまで仕事をするとか。

廿:目がくっついたらおしまい。

文月●10分ぐらいやると「あ、もうだめだ、寝よう」。

廿:いずこも同じ(笑)。

文月●うん、でも嫌いじゃないんで。テープ起こしって、私にとっては趣味みたいなもの。

廿:見るからに好きそうだもの。紙の雑誌のザイニューをやってたころ同業者にずいぶん取材に行って、私だんだんわかってきたの。いくらブーブー言ってても、この仕事が好きな人は好きだから離れられないっていうことが。

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文月さん2

でも自分が中途半端な感じ

文月●でも私、今自分が中途半端な感じで、実はとても嫌なの。

廿:なんで?

文月●何が本業なんだかわからないというか…。

廿:ホームヘルパーとテープ起こしの両立の話も伺おうと思ってたんですよ。私自身も外に出たいという気持ちがあって。今あまりに運動不足だから、スーパーの品出しみたいな、立ったりしゃがんだり荷物を運んだりするような仕事をやりたいと、切実に思ってるんです。

文月●いいかもしれない。私、外に出たてのころ新鮮でしたよ。子育てと在宅ワークでずっと家にいたでしょう。他人と話すのは幼稚園の送り迎えのとき、お母さん同士のおしゃべりぐらいなのに、子供が小学校に上がっちゃうとそれもなくなっちゃうでしょう。そこで外に出たいなと思ったんだけど、小学生ぐらいって夏休みのこととか考えると、まともに正社員で出るってことはしにくいし。

廿:ですよねー。今は週何回とか決まってるんですか?

文月●ヘルパーは月曜から金曜の毎日午前中に行ってます。午後にも入ることがあります。

廿:高齢者のお宅に…それって資格があるんでしたっけ。

文月●ホームヘルパー2級。3級もあるけど、2級を取れば結構どこでも働ける。ただ、この仕事はいい面と悪い面、両方あって。

廿:悪い面は?

文月●死んじゃうと悲しい。

廿:そういうこともあるのか…。

文月●やっぱりお年寄りだし、お別れがあるんですよ。仕事で通っていても情が移るじゃない? 悲しいよー。あとはね、若いエネルギーがお年寄りに吸い取られていく。

廿:「保育士さんは子供にエネルギーをもらっていつも若い」の逆だ!

文月●そんな感じ。でも、時間に融通が利くからいい仕事だと思いますよ。午前中2、3時間ちょこっと行って帰ってきて、また夕方とか。自分で時間を選べるからね。

廿:そういう仕事だから、テープ起こしを続けられるわけですね。

文月●そうなんです。それと、お年寄りが入院しちゃうことがあるのね。例えば月曜と水曜はAさんの家に行ってて、そのAさんが入院すると、月・水は急に仕事がなくなってしまう。そのときテープ起こしの仕事があればやるとか、自分に都合よく、テープ起こしとヘルパーの仕事を組み立てて、両方やれるわけです。

徹夜してでも片付けたい!

文月●今は子供にもお金がかかる時期だし、お金を稼ごうという気持ちになるから、自分の自由な時間がまったくなくなってしまう。例えば明日は仕事がないとホッとしてても、ヘルプの依頼があると「じゃあ、明日も遊ばないで仕事しちゃおうかなあ」って、私の性格が貧乏性なのかしら、仕事するほうを選んじゃうの。

廿:つい仕事をしてしまうような人でないと、とてもこの仕事はやっていけない(笑)。みんなそうですよ。「これを早く終わらせて遊ぼう」と思ってるところに仕事が入ってくると、「できるからやっちゃおう」って。

文月●納期に余裕があっても、私、手元に残ってる仕事があるとすごく嫌で、何をおいてもさっさと片付けたくなっちゃうの。徹夜してでも納期より前に終わらせて「終わったー!」ってしたいんですよ。そこにまた仕事が来ると、「じゃ、それもやっちゃおうかなあ」。

廿:「ちょうど時間もあるし」って。自分が無理して作った時間なのに、何が「ちょうど」なんだか(笑)。でも私は今、仕事が2本重なってるぐらいなら、「ひまだー、遊んじゃお」。5本ぐらい重ならないと焦らないですね。

文月●すごいすごい。

廿:自分で全部やろうという発想はやめて、お願いできるものはお願いしてるんです。なので、なおさら一度に何件も並行しちゃうんですよ。「今、あの方にあれをお願いしてるから、その間にこっちをやる、あれが戻ってきたら仕上げよう、文月さんのはまだ先だし」と思ってると、文月さんが途方もなく早く納品してくれて、「うわ、もう戻ってきた、早すぎる!」って。

文月●わはは。とにかく、テープ起こしの仕事があるときは、家にいるときはパソコン開きっぱなし。台所と近いんで、煮物をしてる合間にもバシバシ打ってて、「おっと、煮込みすぎちゃう」ってあわてたり。

廿:何がなんでも終わるまでやる。テープ起こしの好きな人はみんな、そういう意味では狂ってますよね。

文月●そうみたい。全然苦じゃないんですよ。楽しいっていうか、「この仕事をこんなに早く終わらせた!」みたいな快感を得ていますよね。

廿:10分で何文字起こせるか数えたりね。

冒頭部分では「子供にお金がかかるから仕事せざるをえない」というニュアンスだったのに、最後には「テープ起こしが好きだからどうにも止まらない」という話になっている(笑)。テープ起こしを長くやっている人は、お金も欲しいけどやっぱり「好きだから」が強い、という部分が共通している。

極端な拘束とほったらかし

文月●ただ、私の個人的な悩みは、登録してる会社が…、会社に登録して仕事もらったことあります?

廿:テープ起こし専業のところは少ししか経験ない。入力会社から入力とテープ起こしを両方もらうのは、2年ぐらいやってたけど。なぜ?

文月●あの…、すごく拘束されてるような気がするのね。「この日は休みます」って事前に言っておけば、休みにはしてくれる。だけど、スケジュール表が毎日来るんですよ。忙しいときはビッシリ。

廿:私がパートをしていた入力会社もそうだったけど、原則的には休み届を出さなかった日は全部働けるとみなされている、ということですよね。

文月●そう。それなのに、仕事のないときは全く、ぷっつり来ない。

廿:ああ、皆さんごめんなさい…。私、仕事出す側だったんで…。

文月●夜にメールで来たスケジュールを見て、明日仕事があるかお休みか、その時点でやっとわかる。明日の自分の予定が、前の夜にならないとわからないの。

廿:前日の夜にわかればまし、ってぐらい、私が勤めていた会社もすごいシステムでしたよ。自転車で通える距離の人しか採用しなくて、電話したらその日のうちに会社へ仕事を取りに来てもらうの。昔からの会社って、多かれ少なかれそういうシステムですよね。

文月●そうなのか…。でもそうだろうなと思いますね、やっぱり会社としてやってる以上は。

廿:繁忙期はそうやってガンガン拘束して、夏とかは仕事が夏枯れするから、全然お仕事を出してあげられない人もいる。

それってひどいんじゃないのと、社内でもずいぶん議論されたのだけど、名案は見つからなかった。ない仕事は出せないし。
お客さんから原稿が入る日程も分量もころころ変わるから、事前にスケジュール予告をしておくことができない。結果として、繁忙期は拘束し、閑散期はほったらかしという待遇になってしまう。

文月●もう登録会社からの仕事じゃなくて、ヘルプばっかりやろうかと思うときもあるの。それはそれで、波がもっとあるだろうとは思うんですよ。ただ、自分から手を挙げて仕事をもらうわけだから、一方的に束縛されるのとは気分が違う気がして。

廿:ああ、そういう気分の問題は大きいですよね。

彼女の会社や私の出身会社は、会社側が作業者に仕事を一方的に割り当てる。一方、5月号でお話を聞いた畔見さんなどは、グループメンバーに仕事情報を流して手を挙げてもらう方法を取っている。そうすると誰もやってくれないときがあって、出す側が苦労する。出す側も受ける側も悩みは深い。

頑張ってるのに寂しい

文月●それとね、会社から評価してもらってない気がして寂しいの。私も完璧にテープ起こしができる、完璧な原稿を仕上げるって自信はないけど…。

廿:いや、そんな自信は当然誰にもないから。

文月●廿さんは評価してくださってるから、うれしくて。

廿:うーん…。たしかに、何か言ってほしいって気持ちはありますよね。お金は安くてもいいから、何か言ってほしい。

文月●そう。ただ仕事を出してくれるばっかりで、何の評価も。人間なんて、ほめられれば調子に乗ってもっと頑張ろうって気持ちになるでしょ。そういう気持ちがこのところ、会社に対してなくなってきちゃったんだなあ。

廿:そういうことになるとつらいですよね。

文月●これだけ私は頑張ってるのにって気持ちになってくる。テープ起こしをしても、しても、しても、しても…って感じ。それもあって、外に出たくなって、ホームヘルパーを始めたの。

「評価してるから、こんなに何年も続けて仕事を出してるんじゃないか!」と会社側は言うかもしれない。でも、やっぱりそれを何か、言葉や態度に出してほしいと思うのは当然だ。
文月さんが登録している会社は遠方で、直接顔を合わせることがない。それでもというか、だからこそというか、ほんのちょっとの配慮で人は気持ちよく働けるものなのに。

こういう切実な声を聞くと、私の出身会社の、社長の超・温情主義とか、チーフが在宅さんに温かく声をかけていたことは良かったんだなと思う。
「お子さん、運動会だったんじゃない? どうだった?」とか、チーフは相手の家庭の事情までよく知っていて気を使っていた。そのチーフから、「お願い、あと100件。あなたが頼りなの。やってもらえる? わあ、ホントに助かる!」と言われると、在宅さんはうれしい。仕事を一方的に割り当てるシステムの中では、そういう人間的なお願いや感謝はまさに潤滑油なのだ。

下請けしている作業者は、クライアントにじかに接触することができない。極端な会社はクライアントが誰なのか教えない(中抜きを防ぐため)。
だから、納品した仕事がどう使われたのかわからないし、クライアントの評価もわからない。お金の問題よりも、そういう手応えのなさがつらくて直請けに転向する人もいる。

だから中間業者(会社以外にグループや個人も含む)は、「仕事をさせる/お金を払う」というだけの関係に陥らず、人間的なつながりを持つこと、相手を認めること、ほめること、感謝することを、真剣に心掛けなければいけない。

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文月さん3

私には営業の才能が全くない

文月●廿さんは、仕事って営業して取ってくるの?

廿:去年はすごく仕事が少なくて、急きょ営業用のホームページを作ったんだけど、今度は仕事が来過ぎちゃって、やっぱり古いお客さんを優先せざるをえなかったので、結局ホームページは営業ストップ。

テープ起こし系の顧客獲得について私が語っている部分はカット。なぜというに…、読み返してみると、たぶん文月さんが私に尋ねたかったのは顧客獲得の具体的な方法ではないのだ。

廿:(中略)…だから出版関係は、出してくれる人を1人見つければ、ほかの人にも紹介してもらえるから芋づる式ですね。

文月●私、自分で仕事をじかに受注したことが一切なくて。まあ、何も活動してないから当然なんだけど。

廿:直請け、やりたいと思います?

文月●ホームページ作るところからやろうかと、最初は思ったの。そう思ってるところに、急に登録会社経由の忙しい波が来てその機を逃してしまって、結局ずっと下請け状態。…私、営業の才能が全くないんですよ。パソコンも全然くわしくないんです。

廿:直請けしたほうがお金はいいじゃないですか。

文月●うん、本当に。それで生計立てる!って最初は気負ってたんだけど、挫折っていうか、その時間もなかった。もちろん時間は作るものなんだろうけど…。

文月さんが「営業の才能」と呼んでいるのは具体的に何だろうか。それは本当に文月さんには「全くない」のだろうか。

と考える前に、「直請け」「下請け」という表現をもうちょっとクリアにしておきたい。
例えば、講演会を開催するA社が広告代理店B社にイベント運営を委託している場合、A社から講演のテープ起こしを受注するのが直請けで、B社から受注するのは下請けだろうと思う。
でも仲間内では、同業者(テープ起こしの会社、グループ、個人)から受注することを下請けと呼び、異業種から受注する場合はA社からでもB社からでも直請けと呼ぶような気がする。

私なりに整理してみると、まず直請けと呼ばれている形態は、「事業者性」の強さを意味する。発注者と対等の(本当はそうでもないけど)事業者同士として商談し、価格交渉する、その代わり発注者はテープ起こしの専門家ではないので頼れない、自分で納品物の品質に責任を持つ、というような。
これに対し、下請けと呼ばれている形態は「雇用者性」が強い。発注者に会うとすれば「商談」ではなく「採用時の面接」というニュアンスだし、パートの採用面接で「うちは時給○円からスタートです」と言われたら「はい」と答えるのと同様、価格交渉はしない。その代わり、発注者がテープ起こしを知っているのである程度寄りかかれる。

文月さんがここで言いたかったことや尋ねたかったことを、話している時点で気づいて掘り下げていればと悔しい。雇用者系で仕事してきた人が事業者系に移りたいとき、発注者との関係において何が障害になるか、どういう点で迷うか。大事なところだったのに…。文月さんに営業の才能がないとは思えないのに。
でも、私は別の角度からこの問題をもう一度取り上げている。それは次回。

大量の仕事が入ってきちゃう

廿:せっかく仕事を打診してくれた相手を断るのは心苦しいから、当てになる人を紹介してあげたいと思うときはあるんですよ。実際に私は、過去何度かクライアントを同業者に譲ってます。でもそういう紹介は、大っぴらに募集をかけるわけにはいかないんですよ。

文月●そうでしょうね。やたらな人には紹介できないし。

廿:それに、自分がすごく頼っていつもお願いしている人に紹介しちゃうと、その人は忙しくなってこっちの仕事はやってくれなくなる。

文月●う…、あはは。

廿:でも、文月さんはどうなのかなと思ってたんですよ。外の仕事と掛け持ちしてらっしゃるから、外の仕事をメインにしてだんだんテープ起こしを縮小していくこともありえるわけでしょう。

文月●そのへんは今、本当に迷ってるところ。

廿:直請けって、一度に大量の仕事が入ってきちゃうときがあるんです。きっかり1人分は絶対来ない。そうしたら自分がヘルプを出す側になる。出す側になることって、好きな人と嫌いな人がいるんですよね。

いや、この世界は自分でテープ起こしをやりたい性格の人が多いから、「出すのが好きな人」ってあんまりいない。「比較的、苦にならない人」と「嫌いな人」のほうが正確かも。

文月●うーん、私、それは…。人をとりまとめるのとか、だめ…。

廿:募集をかけたり、選考したり、質問に答えたり、支払いをしたり。

文月●それって、テープ起こしの作業自体より大変じゃないですか?

廿:うん、だから私は、ちょっとの仕事を当てになる人にだけお願いするという方式でやってます。何十人も使うなんてとてもできないから。

文月●ですよねえ。

廿:今、常時お願いしている人はテープ起こしで3、4人かな。データ入力のほうも3人ぐらい。

雇用者系の場合は出す側が量をコントロールしてくれるのに対し、事業者系の場合は出す側がそういう配慮をしないことが多い。むしろ、たくさん発注すれば喜ぶと思っているかもしれない。
再委託禁止の雇用者系と違って、事業者系の形態では、どかっと来た仕事を小分けして同業者に再委託する(→ヘルプに出す)ことができる。

ヘルプに出すと、その管理業務が発生するので起こす作業に専念できない。起こすのが大好きというタイプにはストレスになる。
もっとも、もしやってみれば、文月さんも「私ってこういうことも案外できるじゃない」と感じるんじゃないかと思うけど。

ソフトや機材は重視しない

廿:起こすとき、いろんなソフト使ってます?

文月●ううん、おこしやすと秀丸エディタだけ。

廿:ヘッドホンは? いくつも使う人は、最初は軽いヘッドホンを使って起こして、聞き直しには、重いけど密閉型で高性能なのを使う、そうすると聞き取れるときがあるっていうふうに使い分けるみたい。私はiPod売り場に売ってた安物使ってるけど。

文月●私も1種類だけ。耳にスポッと入る型のイヤホンですよ。でも一回替えたら新しいのはすごく聞きやすかった。

廿:聞き直すとき、いろんなソフトで再生してみるとかは? 私はやらないけど。

文月●ううん、全然。だから私、テープ起こしに自信を持って「専業でやります」って言えないところがある。全然完璧じゃないし…最後まで追求しない。「聞こえないところは聞こえない」にしちゃうんですよ。

廿:ですよねー! それでいきましょう。合意に至った(笑)。
雑誌◇◇の仕事はね、あれでいいんです。用途によるじゃないですか。地方議会の会議録みたいに完成品として永久保存されるものと違って、◇◇は取材した本人が記事を書くんだから、大事なことなら本人が覚えているはず。本人が思い出せないなら大事なところじゃないから、どうせ記事には使われない(笑)。

文月●好きだわー、私、廿さんのそういう性格。

ライターは、取材中すでに「この話は使える」「ここはいらない」という判断をしている。起こし位置の指定をするのが面倒だから音声全部を起こせと言っているだけで、最初から「捨て」の部分があるわけだ。
念のため書いておくと、文月さんはそもそも「聞こえないところ」が少ない。

廿:それでも、やっぱりそこでとことんこだわる人のほうが、テープ起こし専業を選ぶような気がする。

文月●たぶんそうなんですよ。音声だって自分でいじるソフトってあるんでしょう? おこしやすにも多少イコライザーがついてるけど。

廿:ついてますよね。つまみをこのぐらいにすると聞こえるときが、たまにある。

文月●でも、音をほかのソフトに落として加工するともっと聞こえるとか、やろうと思えばいろいろあるんでしょう?

廿:あるみたいですね。

文月●私、そういうのうとくて、全然わからなくて。

廿:私もやろうと思わない。突き詰めて言えば、正確に起こしてほしかったら、先方が上手にしゃべって上手に録音をしてくれるしかないから。

文月●そうなんですよ。ちゃんと資料もつけてほしいし。資料が来ちゃうと、「あ、これは完璧に仕上げなきゃいけない」って思いますよね(笑)。

廿:思いますねー。

先日お願いした某企業日米会議の起こしでは、資料のほとんどが英語で、しかも膨大なページ数だった。文月さんはそんな資料から商品名などを確認してくれて、感謝。

向いている人には2つの「き」がある

廿:直請けの単価だと、仕事が1本ずつ順に途切れなく来て、人に頼まないで1人でやれれば結構お金になるはずなんです。でもそういうふうにコンスタントに来るってことは絶対ない、空いた時間ができたり、重なって誰かにお願いしなきゃいけないから、実質の収入はもっと少ない。

文月●そうですよね。

廿:でも本当はかなり稼がないと、パソコンの買い換えとか経費にお金をかけられない。なかなかそうならないですよね。直請けしないで、会社に登録して仕事もらってると、まして大した収入にはならない。

文月●うん。会社の仕事だけでやってたときは、忙しい時期はとっても忙しくて、寝る時間も削って毎日毎日やって、それでも○万ぐらいだもん。お金だけを気にするわけじゃないけど、やっぱり、外に出ちゃおうかなって思っちゃうじゃないですか。

廿:当然ですよね。パートなら経費がかからないし。

文月●それに、パートなら拘束されるのは出てる時間だけ。帰ってきちゃえば仕事のことはすっかり忘れていられるでしょ。家で仕事だと、常に仕事がそばにある。

廿:休まらない。切り替えがしにくいですよね。
でもテープ起こしの会社も今は難しくなっていて。昔は入力者同士に横のつながりがなかったから、囲い込んで「これがうちのやり方なんだ」って教え込めた。今は入力者同士が情報を交換してしまうでしょう。それに、専属でいてくれない。せっかく苦労して教えると、やめちゃったり独立しちゃったり。

文月●そうか…。

廿:だから会社側も、「マジかよー」と思ってるんです。文月さんぐらい何年もやってれば、会社にとってはもう元が取れてるけれども、続かない人は本当に続かないしね。

文月●そうですよね。この仕事って、好きじゃなきゃ続かないもん。好きで、根気がないと、できない。たとえ根気があっても、嫌いじゃ無理だと思いますよ。

廿:それだ。好きと根気の両方。

収入と経費、仕事と休息の切り換え、在宅ワークとパートの違い。日ごろ「マジかよー」(いや、上品に「マジでございますか?」←違うってば)と感じているような問題が、自然に列挙された。一方で、出す側も昨今は「マジかよー」と困惑している。
「好き」と「根気」がこの仕事を続けていける人の条件というのは、文月さんらしい考え方だと思う。私って、テープ起こしは一応好きだけど根気がないのがまずいなあと、なんだか反省しつつ、6月号の対談は終わり。

明日から文月さんと私の「対談を終えて」とイベント告知、それから数日お休みして、7月号の連載を開始する予定です。

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文月さん4

対談を終えて2

雑誌やWebで取材を受ける入力(含テープ起こし)者は、どうしても直請け型というか自営業者型というか…の人が多い。要するに目立つからだ。下請け型というか半雇用者型というか…の人は、あまり登場しない。
でも、下請け型の人にとって直請け型の働き方というのはあんまり参考にならない。
やっぱり同じタイプのほうが何かと参考になる。ザイニューは同業者向けで世間の目を気にする必要がないから、実力のある下請け型の人をどんどん取材するという方針で今後も行きたいと思っている。

実力は、直請けかどうかとは関係ないし、知名度とも関係ない。
収入とも関係ない。どんなに実力があっても、下請けで稼げる金額は本当にたかが知れている(私なんか、昔それで頭に来てザイニューを始めたようなものだ。自分で本を作って売るほうがまし!と思って。いや、その当時は、データ入力系はともかくテープ起こしは駆け出しで、実力なんかなかったけどね)。
「テープ起こしが好き」という文月さんたちの情熱に寄りかかって、この業界、それでいいのだろうか。そんなだから、みんなパートに出ちゃうのよっ!

いやいや、わかってる。音声を耳で聞いて手で打ち込むという時間のかかる作業だから、高収益が上げられない構造なのだ。会社が暴利をむさぼっているとか搾取しているとかでは決してない。

この会話を録音したときは、まだ何に使うとも決まっていなかった。公表する予定がなかったからこそ、文月さんが本音でグチを言ってくださった面がある。テープ起こしの人が語っている記事で、こんな内容のはなかったんじゃないだろうか。文月さん、ありがとうございました。

※えーと、テープ起こしや入力会社のシステムはさまざまです。対談に出てきたような拘束の仕方をする会社もあるし、そうでないところもあります。
それに、一方的に仕事を割り当てるシステムのいい面もあるんですよ。募集情報に手を挙げる形式だと、手を挙げちゃったら自己責任、実は自分には難しすぎる仕事だったりすることもあります。その点、割り当てるシステムの場合、「この人のレベルならこの仕事はできる」と会社側が判断して出してくるわけですから。

対談を終えて

(文月さんからメッセージをいただきました)

廿さんと私は同じ沿線に住んでいることもあり、「一度オフ会でも」という話になっていたのですが、突然「うちに遊びにいらっしゃいませんか?」とのお誘いをいただきました。もう驚きましたね。だって私にとって廿さんは、雲の上の存在でしたから。

当日は朝から緊張していましたが、ご対面した廿さんは、知的な中に優しさと親しみがあって、一瞬にして緊張も解きほぐれ、いろいろなお話をすることができました。ほとんど私の個人的な悩みやら愚痴やらを聞いていただいて、帰り道は晴れ晴れした気分になれたことを覚えています。

在宅で働くことのマイナス面って、感情を表せないこと、孤独になってしまうこと、人の温かみを感じられないことなどがあると思います。
この対談の掲載のお話をいただいたとき、正直戸惑いもありました。(5月号畔見さんの対談を読ませていただいて、あまりにもリアルに書かれていたもので…^_^; すごく面白かったです)
私がこのたび恥ずかしながらお引き受けしたのも、同じような境遇の方や同じような悩みのある方に、私が思っていることをお伝えすることによって、少しでも何かを感じていただけたら、「共感!」と言っていただけたらと思ったからです。何か通じるものを感じていただけたらうれしく思います。

このような場を与えてくださった廿さんに感謝いたします。

(文月)

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