頑張ってるのに寂しい
文月●それとね、会社から評価してもらってない気がして寂しいの。私も完璧にテープ起こしができる、完璧な原稿を仕上げるって自信はないけど…。
廿:いや、そんな自信は当然誰にもないから。
文月●廿さんは評価してくださってるから、うれしくて。
廿:うーん…。たしかに、何か言ってほしいって気持ちはありますよね。お金は安くてもいいから、何か言ってほしい。
文月●そう。ただ仕事を出してくれるばっかりで、何の評価も。人間なんて、ほめられれば調子に乗ってもっと頑張ろうって気持ちになるでしょ。そういう気持ちがこのところ、会社に対してなくなってきちゃったんだなあ。
廿:そういうことになるとつらいですよね。
文月●これだけ私は頑張ってるのにって気持ちになってくる。テープ起こしをしても、しても、しても、しても…って感じ。それもあって、外に出たくなって、ホームヘルパーを始めたの。
「評価してるから、こんなに何年も続けて仕事を出してるんじゃないか!」と会社側は言うかもしれない。でも、やっぱりそれを何か、言葉や態度に出してほしいと思うのは当然だ。
文月さんが登録している会社は遠方で、直接顔を合わせることがない。それでもというか、だからこそというか、ほんのちょっとの配慮で人は気持ちよく働けるものなのに。
こういう切実な声を聞くと、私の出身会社の、社長の超・温情主義とか、チーフが在宅さんに温かく声をかけていたことは良かったんだなと思う。
「お子さん、運動会だったんじゃない? どうだった?」とか、チーフは相手の家庭の事情までよく知っていて気を使っていた。そのチーフから、「お願い、あと100件。あなたが頼りなの。やってもらえる? わあ、ホントに助かる!」と言われると、在宅さんはうれしい。仕事を一方的に割り当てるシステムの中では、そういう人間的なお願いや感謝はまさに潤滑油なのだ。
下請けしている作業者は、クライアントにじかに接触することができない。極端な会社はクライアントが誰なのか教えない(中抜きを防ぐため)。
だから、納品した仕事がどう使われたのかわからないし、クライアントの評価もわからない。お金の問題よりも、そういう手応えのなさがつらくて直請けに転向する人もいる。
だから中間業者(会社以外にグループや個人も含む)は、「仕事をさせる/お金を払う」というだけの関係に陥らず、人間的なつながりを持つこと、相手を認めること、ほめること、感謝することを、真剣に心掛けなければいけない。
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