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入力者のイノベーション

 そもそも、大きいことが企業家精神とイノベーションの障害になるという説は正しくない。(中略)事実が明確に示しているところによれば、企業であれ、公的サービス機関であれ、小さな組織が最も企業家精神に乏しく、最もイノベーションの意欲がないのである。(ピーター・ドラッカー著「イノベーションと企業家精神」より)

 これは本当によくわかる。私の仕事で言えば、日々の打ち合わせ、実作業、納品、請求書提出…をこなすのに手一杯。経費の記帳さえたまってしまって、あとから必死で取り組む始末だ。自分の仕事方法を革新しようなどという時間や気持ちのゆとりなど、到底生まれない。それにどっちみち、文字の自動認識(OCR)や音声認識システムの研究開発などは、取り組むことさえ不可能だ。

 イノベーションは「技術革新」と訳されることが多いが、本当は技術面(例えばOCRや音声認識システム)の革新だけではなく、もっと広い意味での革新を言うらしい。
 技術面以外で見れば、私たちのような個人の入力者(テープ起こしをする人含む)は、実は非常に意義深いイノベーションを成し遂げている。それは、一度も会わずして仕事をやり取りする技法だ。

 一度も会ったことがないが何年も仕事を出してくれているクライアントがいる。仕事をお願いしているが一度も会ったことがない入力者がいる。
 クライアント→(面識なし)→私→(面識なし)→入力者

 技術的には、それが可能になったのはインターネットのおかげといえる。インターネットという通信形態と、それに関連するさまざまな技術(Webサイト、宅ふぁいる便などのファイル受渡しサービス、メーリングリストなど)のおかげで、顔を合わせなくても仕事ができる環境が整った。
 仕事の受渡しに宅配便を使っていたときは、距離によって料金や到着までの時間が違ったから、できるだけ近くの人が望ましかった。しかし、ネットの世界では距離による差がない。だから相手が遠方でも問題はない

 インターネットやそれに関連する技術の開発自体には、私たちは関与していない。私たちが開発したのは、顔も合わせず声も聞かずに情報をやりとりし、そこからお互いを判断し合うノウハウと言える。

・クライアントは多くのWebサイトを見て、その中から何らかの判断によって、誰かに打診する。
・打診を受けた側は、何らかの判断によって、その仕事を受注するか否かを決める。
・単独では処理できない仕事の場合、受注した側は作業メンバーを募る。複数のメーリングリスト、Webサイト、SNS(例えばmixi)などの中で、どこに募集を出すかを決める。
・入力者は募集情報を見て、応募するか否かを決め、応募メールを出す。
・受注側は、応募メールを見て、誰に発注するかを決める。

 この流れは、私たちにとってはありふれたものだが、外部の人間には意外らしい。
「会わないんですか?」「会う場合もありますけど、電話さえしない、メールのやりとりだけの場合も多いですよ」
「心配じゃないですか?」「心配はさほどないです。メールの感触でかなりつかめますから。対クライアントにしろ、対・入力者にしろ」
「メールだけで?」「メールっていうのは結構その人のキャラクターが出ます。それに入力者同士は、普段からネット上で相手がどんな感じの人か知ってることが多いです」

 雑誌の編集者とか新聞記者など、普通のサラリーマンとはちょっと違う立場で仕事している人でさえ、この話にはなぜかいつも驚く。
 「普通の主婦に見える人たち(笑)が、そういう独自のノウハウを…! まさにネットワーク型社会の働き方ですね! 未来的ですね!」

 私たちが漠然と共有しているその技法というのは、ちゃんとまとめてみればすごいイノベーションなのだ、たぶん。(…と思うんだけど、どっぷり漬かってるから、そのノウハウを外部の人にわかるような明快な形にできないんだなあ。以前、本の企画として売り込んだことがあるんだけど失敗したの…)

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